反吐が出るほど

たのしい人生。

きみの瞳に浅田飴。

喉かぜをひいた。

 

学習した。ひとは半裸でアニメを見続けていると、かぜをひく。これでまたひとつ賢くなった。

 

「ケンケンケンッ!」という乾いた喘息のような咳が、かれこれ1週間は治らない。そんなとき、私が舐めるのが浅田飴《cool》だ。

 

浅田飴《cool》はすごい。舐めると、どんな咳もピタリと止むのだ。
第2医薬のため、1日の用量は限られているが、そんなことおかまいなしにガンガン舐める。

 

朝起きてぱくり。
家を出る前にぱくり。
人と話す前にぱくり。
帰り道でぱくり。
寝る前にぱくり。

 

缶から飴を出すたびに鳴る、カロンッ♪という音が好きだ。外装もヨーヨーみたいなメタリックな青でかっこいい。それでいてロゴの下には『第2医薬』の文字。
「私は風邪を引いてるんですよー」
「でも周囲に迷惑にならないように気遣える人間なんです!」
「だから多少の咳は許してください(笑)」
そう公言しているようなものである。

 

巷では龍角散のど飴のほうが支持率が高いが、あれはてんでダメだ。こじらせた喉かぜに龍角散のど飴では、焼け石に水。糠に釘。待てば海路の日和あり。
浅田飴《cool》の特効性にはかなわないのである。そんなこんなで、あっという間にひと缶使い切ってしまった。

 

駅へ向かう途中のマツキヨで浅田飴《cool》を確保し、無事電車に乗る。よし。これで車内で咳き込んだときも安心である。

 

しかし、安心は長くは続かなかった。人が押し合うほどに、混みあった車内。それでいて乾燥した空気。
必然と喉の奥がうずく。

 

すぐに浅田飴《cool》を開けなければ!!
決意とともにマツキヨの袋を破りあける。続いてフィルムをちぎるように剥ぎ取る。丁寧なことに、浅田飴シリーズの開け口は、フィルムとテープで二重に保護されているのだ。
カリカリ…カリカリ…
テープを剥がそうと焦る指がうまく動かない。まずい。このままでは…。

 

「ご乗車ァ〜ありがとぅござァます〜」
次の駅に着いてしまった。プシューという音とともに扉が開き、人の波が乗車してくる。

 

先陣をきっているのは、男子大学生だ。背負っている大きなリュックをこちらに押し付けるように、後ろ向きに前進してくる。
『大きなリュックはお腹に回す』、常識の範疇だろうが…。可愛らしく揺れるダッフィーのキーホルダーも、このときばかりは憎らしい。どうせテニサーにでも入って、男女比3:3で制服ディズニーでもしたのだろう。こしゃくな!

 

こしゃくな男子大学生のリュックに追いやられながら、ドアに押し当てられるような体制で、どうにか缶のテープを巻き取る。


勝った!
そう確信した途端、とうとう咳が出た。
ゥゲホッゲホッという、気管支がイカれた人間の咳だ。はやく飴を舐めたい!はやく!

 

咳き込みながら缶のフタを開けると、緑の丸い紙がひらりひらりと宙を舞った。浅田飴シリーズの缶の中には、ご丁寧に用法用量が書いた緑の丸い紙が入っているのだ。
緑の丸い紙はちょうど男子大学生の斜め前あたりに落ちた。まぁいい。電車から降りるとき拾えば許されるだろう。

 

紙よりも、今は飴だ。すばやく2粒を口にほうった。もう安心だ!次いで、かばんの中のペットボトルで喉を潤すべく体勢を変えようとしたとき、目の前に緑の丸い紙がスっと現れた。
男子大学生だった。

 

どうやら私が飴を舐めた時点で拾ってくれていたらしい。こんな緑の丸いものを。誰が見ても不要な紙を。

 

「…すみません。ありがとうございます」
この言葉は、彼のAppleイヤホンの奥には届かないのかもしれない。それでも胸の奥が、じぃ〜んとした。

 

私は、彼を勘違いしていたのかもしれないな。彼の小さな親切は、私の中で小さな信頼を生んだのだ。ドアに押し付けられながら飲んだ水は、なんだかいつもよりおいしく感じた。

 

まもなく次の駅に着くと、座席に1つ空きが出た。すばやく周りを押しのけて、我先に座ろうと抜きんでた者がいた。
男子大学生だった。

 

彼にぶつかった肩が痛い。

カバンの中の浅田飴《cool》が、同情するようにカロンッと鳴った。

 

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